住職のつぶやき

住職のつぶやき

2022.12.2

『鎌倉殿の十三人』

 まもなく大河ドラマ『鎌倉殿の十三人』(北条義時)が終わります。 一九六四年から毎年欠かさずご覧になっている方も多かろうと思います。 来年は『どうする家康』(徳川家康)だそうですヨ。

 さて、NHKはこの大河ドラマに並々ならぬ心血を注いでおります。 その現れが「時代考証」です。専門家や歴史学者を投入して当時の生活・文化・風習、人物像など事細かに調べ挙げるのだそうです。ただ、過去の出来事(事実)は誰も見ていませんから、 史料を積み重ねた上、想像も含めて作り上げるのだそうです。 「歴史」というのは、新たな資料や史跡の発見、公文書の開示など、整合性の中でどんどん修正されていかなければならないものだそうです。

しかし、昨今のデータの捏造や改ざん、破棄といった歴史の「修正」では、後世に歴史(正しい史実の書き換え)を伝えていく事が出来ません。 

 嘘をついている権力者たち! 本当の事を言わない大人たち!  未来の子どもたちに対し、襟を正しなさい。 

2022.10.28

安倍晋三さんが撃たれた

安倍晋三さんが撃たれた。統一教会(旧)の信者となった母親が借金までして献金し、家庭崩壊させられた犯人の逆恨みらしい。事件後も母親はまだ洗脳が解けていないようだ。根が深い。

私たちは見えないモノに弱い。不安を煽り、そこにつけ込んでモノを買わせ、不安を解消させるために更に高額なモノを買わせ取り込んでいく。その時、誰かに相談させないようにするのも常套だ。見えない話に振り回されるのを迷心(信)という。 さて、治まりかけていたコロナ第六波が、アッという間に第七波のオミクロンへ、それも過去最大の感染者数となった。これまでに国内で累計千二百万人が感染、人口の十人に一人が罹った事になる。そして次に来るのはギリシア神話に登場する馬の身体に人間の上半身という「ケンタウロス」だそうだ。変異進化?の何と速いことか。それに比べ私たちは息を潜めて佇んでいる始末だ。あァ、人生残された貴重な時間がドンドン減っていく。         

2022.4.1

2022年2月24日、

ロシアがウクライナに侵攻した。 湾岸戦争の時もそうだったが、本当に始まったと世界中が驚いた。 美しい街は廃墟と化し、銃撃を受けて道端に横たわる多くの亡骸や、拷問されて殺された人々の凄惨なニュースが送られてくる。 普通の日常生活を突然奪われ、家や家族を失った人々が隠れ逃げ惑う姿を目の当たりにすると、悲しみはあまりにも大きい。  戦争は、非道で残忍だ。

ところで、ウクライナの国花は、国旗にある黄色、「ひまわり」。 映画少年だった僕は高校2年(1970)の時、映画館で観た。 ソフィアローレンの顔が嶮しかったのを覚えている。  ところでロシアの花も「ひまわり」、同じ風土だ。 そして、もう一つ「カミツレ」(カモミール)というのもあるそうだ。 この花には神経を鎮める作用がある筈なんだが、 プーチンさんには効かないみたいだ。 

さて、コロナ・オミクロンだが、派生型のBA2が第7波の主役となって来そうだ・・・、心配だ。                     (2022年5月) 

2022.1.28

何故か急速に感染者が減少し、

終息が近いかと思われていました今日この頃。 正月の旅の宿も満室になりそうで、早く予約しないと家族に顔向け出来ないと焦っている今日この頃。 数十年も会っていないような気がする友と飲む酒の美味い事、久し振りに年末の予定が埋まっていく、今日この頃。

ところが、二年ぶりに訪れた晴れ間にちょっと浮かれたのも束の間、遠く南方に暗い雲が湧き出たようです。  あまり縁の無かったα(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)、 これらは新型コロナウイルスが変異する度につけられたギリシャ語のネーミングで、これまで最強だといわれていましたのがΔ(デルタ)でした。  が、 ここに超最強のο(オミクロン)が登場するのです。 これは人間とコロナウイルスの戦いと同時に、ウイルス同士の弱肉強食の戦いがあるんだそうです。 日本から何千キロの彼方で生まれたんですが、速く遠くを競ってきた私たち文明の飛行機は、便利さと同時に魔物をもアッという間に運んでくるのです。 (2022年1月)

2021.9.4

迎賓館においてバッハ会長ら

IOC関係者らを招いた日本政府主催の歓迎会が催されました。 そしてコロナ禍、国民の半数以上がオリンピックの開催に疑義を唱える中、 7月23日、40人の大人たちの『東京2020オリンピック』が開会式を迎えました。

この案内をお届けできる時はパラリンピックが始まっているかも知れませんが、「復興五輪」とか「コロナに打ち勝った証し」を隠れ蓑に邁進してきた“政治と経済の祭典”に国民の理解が得られたとは到底思えません。 

そういえば、1940年の東京大会、1944年のロンドン大会は戦争により中止となりました。 あのヒトラーのベルリン大会(1936)は、民族共同体を謳い、その後ユダヤ人虐待に向かいました。

オリンピックは、昔から金塊や権力を具に、アスリートを出汁にした大人たちの“おいしい祭典”なんでしょうネ。 

選手たちはみんな一生懸命頑張っているのに、ねエ。  そう、柔道の阿部一二三、詩の兄妹には感動させられました。  ホントに。 アスリートの五輪と、大人の五輪は、分けて考えた方が素直に応援できてイイですよ。  (2021年9月)

2021.5.4

今年の桜は早い開花でしたが、

それでも例年以上の姿を見せてくれました。 重いコロナ色の空気の中に咲き急いだピンク色の下を行き交う多くの人のマスクが雪柳のように揺れるのでした。

さて、春の永代経の時節となりました。 昨年は毎日伝えられるニュースに恐怖と不安を抱える日々で、とても皆さんが集まれる状況ではなく、やむなく中止としました。

あれから一年、コロナは終息の予兆をみせる事もなく、更なる変異種とやらが猛威を奮いそうです。 本来なら案内を出すべき時期が過ぎてしまっていますが、また緊急事態宣言が発出されたらと思うと、・・・躊躇(ちゅうちょ)(①グズグズして前に進まない。②迷って決心がつかない。)していました。

この一年、人々のココロは内向し、他と交わる事を拒み躊躇する社会が形成されつつありますが、今だからこそ、人と人との繋がりの大切さを見直す機会として永代経を勤修したいと思います。 (2021年5月)

 

2021.1.4

今年も間もなく暮れようとしていますが、

皆さんはどのようにお過ごしでしょうか? オッと、阿呆な事、聞かんとき!と、ムッとしたお顔が迫ってくるようであります。 ご尤もであります。 ニュースでは毎日毎日感染者の数を挙げ連らね、ワイドショーはワクチンがどうの、後遺症がどうの、メシ食うときは、マスクは・・・・・・と、「新型コロナウイルス」の話ばかりであります。 2月のダイヤモンド・プリンセス号の集団感染からほぼ一年が経とうとしています。 コロナも今は第三波だそうで、今年の一年は何もせず何も出来ずでしたが、ホント、チョ~早く過ぎ往きそうであります。 この波がいつ収まるのか、第四波はいつ来るのか、どうにも先が見えません。 人々の不安は〝咳ひとつ〟で人間関係に溝を生じさせ、「コロナの日常」は孤独を作り、失ったモノはなかなか元には戻りません。 どうぞ気をつけて買い物に行きましょう。 気をつけてお友達にも会いましょう。 1月の報恩講も気をつけて勤修出来たらいいな、 皆さんが来れたらいいな.『 世の中 安穏なれ 』  (2021年1月)                                     

2020.9.28

「立秋の候 いかがお過ごしでしょうか」 

・・・・・・と、ご丁寧に「二十四節気」で挨拶されたって、長げぇこと大そうな雨、降られてヨ、家、流されてぎょうさん死んじまってヨ・・・・。 やっと梅雨が開けて、これからがクソ暑い夏本番だって~のに何が秋の始まりだ!!                                 まア、いいや・・・・、 ところで、「新型コロナウイルス」って奴、往生こくぜ。  人が寄っちゃいけねえってンだから始末におけねぇ。 孫は卒業式も入学式も、修学旅行も無かったんだぜ、 仕方無えとはいえ、何もかも止めちまってよ、 可哀想すぎらァ。                 「暦」じゃねえけどヨ、人間にだって節目がいるンだよ。  何かあればみんな集まってヤイノヤイノやるンだよ。  そーやって交わり合いながら一つンつ年喰っていくのさ。

それにしてもこのウイルス、流行語大賞には事欠かないぜ。「緊急事態宣言」とか「アベノマスク」、身勝手な正義を振りかざす「自粛警察」とか、「ソーシャルディスタンス」とかナ。        だけど、こんな「新しい日常」が当たり前になっちまったら、 今日日、それでなくってもシラケとるってか世知がないってのに、益々人間の関わりが薄くなっちまう。 

  ・・・・・ほんと、コロナは怖いぜ。  (2020年9月)

2020.1.4

空がまぁるく、とても大きい。

バス通りからちょっと入ると、シーンという言葉そのままの静寂。 時折、聞こえる鳥たちの声が凛とした空気を和らげてくれる。 ただただ広い芝生の向こうに、白い小綺麗な住居群が見える。

 ここは多摩全生園。 ハンセン病の強制隔離施設だった所です。 全国には13の国立ハンセン病療養所があり、愛知県の方もココに収容されていました。 1947(昭和22)年には1221名が収容され、今も166名が生活されています。  皆さん回復者です。

1931(昭和6)年、「癩予防法」の隔離政策によって家族や故郷から強制的に引き離されたハンセン病患者の悲惨で過酷な人生は、1996(平成8)年の「らい予防法」の廃止によって漸く解放されたのでした。

・・・・・・しかし、喜びも束の間、長い年月と病痕は帰る場所を残しておいてはくれませんでした。過去10年の間に全国のハンセン病療養所の退所者が、高齢化に伴う不安、差別や偏見によって129名が再入所しているのです。 そしてココの納骨堂で安らぐのです。

二度の絶望を味合わせたのは、私たち世間なんです。 (2020年1月) 

2019.9.4

「ハンセン病」(らい病)は、

手足や顔に後遺症を残すことにより、完治するにも拘らず差別と偏見の歴史を抱えてきた。 この病気を患った者は、世間の目を逃れて暮らしていたが、家族に迷惑をかけられないと放浪の旅に出る者も多く現れた。

1907年「らい予防に関する件」が制定され、これらの人を療養所に入所させ、一般社会から隔離したが、ハンセン病は危険だと偏見を大きくした。

1929年の「無らい県運動」は、各県が競って隔離政策を増長し、1931年には全患者を対象とする「らい予防法」が制定され、1996年の廃止まで国は偏見と差別を助長してきた。 2001年、「ハンセン病補償金支給法」が施行され、2019年、患者の家族に対しても賠償を認めた。 

療養所での語り尽くせない人権差別や、その家族に対して国は一応の決着を見せたが、これで終結してしまうのか。 偏見による差別の根源が 私たち一人ひとりであったと直視できたのでしょうか。

「ベン・ハー」「砂の器」「わたしが・棄てた・女」「あん」など、多くの小説の中にも「ハンセン病」が取り上げられているんですよ。  (2019年9月)

       

TOP